Straight Outta Street

#FIND STORY – DAICHI

“鳳凰”として学生世界チャンピオンに輝き、社会人チーム”WAFFLE”では世界大会優勝の栄冠を2度手にする。現在は映像ディレクターとして活躍するDAICHIのストーリー。

daichi_saito_8.jpg

ダブルダッチと”鳳凰”との出会い

高校生の時、教育実習に来ていた先生に教えてもらったことが、ダブルダッチとの出会いです。その先生は、日本体育大学ダブルダッチサークル・乱縄の”麒麟”というチームの方で、授業の中でダブルダッチを教えてくれました。自分は当時、学校の先生になることが夢だったので、体育の先生になるために日本体育大学に入学し、サークルでダブルダッチに打ち込むことを決めました。

乱縄では、1年生の時に先輩がチームを分けて、そのチームで4年間活動します。僕は”鳳凰”というチームの一員になったのですが、歴代の数ある学生ダブルダッチチームの中でも、最も仲がいいチームだったという自負がありますね。今でこそ「落ち着いているね」とよく言われますが、大学に入ったばかりの僕は本当にひどいやつで、チームメイトに強くあたったり、急にキレたりすることも沢山ありました。そんな態度が続いていたので、ある日チームメイトから「もうDAICHIとダブルダッチするのは嫌になった」とハッキリ言われました。

ダブルダッチは究極のチーム競技です。これから同じチームとして日々一緒に練習して高い目標を追う上で、信頼関係がないと何も出来ないんだと、ようやく気づきました。「これからは絶対に変わろう」と反省し、1つ1つの言葉を大切にして、伝えたい気持ちをしっかり考えてから発言するようになりました。

その後もチーム内でぶつかることはありましたが、「自分たちはダブルダッチのことで衝突しているんだ」と相互に理解出来るようになりました。練習が煮詰まり重たい雰囲気でも、練習が終わった瞬間に元の自分たちに戻り、笑いあえるような関係が出来ました。上を目指して切磋琢磨する上で、仲が良いからと言って衝突を避けることも違うと思いますし、ダブルダッチでの衝突を普段の人間関係に持ち込むことも違うと思います。

取り組んでいる物事に妥協せず、衝突を恐れない。けれど、その衝突は他の物事には持ち込まない。この軸は、あらゆる物事に対する人間関係で、僕の芯になっていると思います。人間的に成長することができたのは”鳳凰”のおかげです。

daichi_saito_6チーム”鳳凰”。

学生世界チャンピオンへの道のり

大学2年生の時に、学生全国大会の関東予選、ダブルダッチ・ディライト・イーストで優勝することが出来ました。日本屈指の超激戦区であるこの大会において、2年生で優勝したのは僕たちが初めてです。

超激戦区の関東予選を大学2年生にして1位通過(2008年)。

当時無敵だった”CHROM”、そして乱縄の先輩チームや同期のライバルチーム”PEEK-A-BOO”など、強豪チームが並み居る中で優勝したことで、天狗になってしまったと思います。全国大会であるダブルダッチ・ディライト・ジャパンでは、自分がアクロバットを失敗して大幅な減点を受け、下から2番目という結果でした。勝ちを味わった直後に挫折を味わい、それからは謙虚になれたと思います。

僕たちは、絶対に大学3年生でダブルダッチ・ディライト・ジャパンを勝ち抜き、学生世界大会”National Double Dutch League(以下NDDL)”で優勝しようと決めていました。そのため、大学3年生の夏は物凄い練習をしていましたね。アクロバットや細かなフリなどを全部入れて、パフォーマンスを3回連続で成功しないとその日の練習を終われない、そんなシビアなハードルを自分たちに課していました。しかし、チームの仲が良かったので練習は苦ではありませんでした。イースト予選を順調に突破し、全日本大会のジャパンを3位でギリギリ通過、NDDLへの出場権を手にしました。ジャパンが終わってからNDDLまでの期間は朝から晩までずっと詰めた練習を行い、結果としてNDDLで優勝することができました。

大学3年生で出場した関東予選の演技。この後に日本予選を勝ち抜き、学生世界一の座に輝く(2009年)。

乱縄10代目

“PEEK-A-BOO”, “鳳凰”, “鸞華”, “ЖИВО(ジーヴァ)”, “CLUTCH”, そして僕たち”鳳凰”、乱縄の僕たちの代は、今でもすごい同期だったなと思います。代が全体として仲が良かったのもありますが、何より負けん気が強い人が多かったと思います。1年生の頃から、ディライトのオープン部門に出たら絶対先輩に勝ってやると思っていましたね(笑)。同期を気にして競い合うのではなく、早い段階から皆がそれぞれ上を目指していたと思います。

あとは、関西の同期の影響も大きいです。僕らの前までは、関東のチームが勝って当たり前みたいなところがあったけれど、”CANADA”, “Vi-Tour”, “Alley’oops”など、ライバルとなるチームがたくさんいました。今でもダブルダッチを続けている人も多く、仲がいいですね。関東も関西も、これだけ個性豊かな同期とチームが集まったのは今でも不思議です。どのチームをとっても、それぞれが確固たる個性を持っていて、その個性を突き詰めていたと思います。