Straight Outta Street

#FIND STORY – JUN

特定非営利活動法人「日本ダブルダッチ協会」理事兼事務局長として、ダブルダッチ黎明期より国内外での普及に献身。日本ダブルダッチ界躍進の立役者・JUNのストーリー。

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ダブルダッチとの出会い

高校1年生の時に、テレビのCMで見たことがきっかけです。元SMAP木村拓哉さんが出演していたオロナミンCのCMで、黒人がロープを回す中でバク転などのアクロバットをしていたんです。そのかっこよさに憧れて、高校に入学してすぐにダブルダッチを始めました。当時は「元気が出るテレビ」の「ダンス甲子園」というテレビ番組を皆が見ていて、ダンスなどのパフォーマンスが流行っている時代でした。ダブルダッチも、高校3年生の先輩達がたまたまやっていたので教えてもらっていました。

高校生にもなると、男女が一緒にできるスポーツってほとんど無いじゃないですか。ダブルダッチは男女関係なく一緒になって楽しめる。それが何より楽しかったですね。好きな女の子と一緒に練習できるという下心もありましたが(笑) 。日々練習をして文化祭に出演し、高校3年生の時には「元気が出るテレビ」の「ストリートダンス選手権」にも出演しました。

高校3年生の時には、「体育進学センター」という、体育大や体育学部向けの専門予備校に通っていたのですが、そこで出会った友達を「大学に入ったらダブルダッチをやろう」と誘っていました。そして翌年、日本体育大学に入学し、その仲間達と一緒に日本体育大学ダブルダッチサークル・乱縄を創設しました。

jun_11“乱縄”のチームメイトと。

サークル創設、そして海外遠征へ

サークルで練習を続けるうちに、自分たち以外のダブルダッチをしている人と交流したいと考えるようになりました。今では信じられないかもしれませんが、自分たち以外にダブルダッチをしている人なんて、先輩プロチームの”J-TRAP.”と”RUN-D-CREW”以外見たことも聞いたことも無かったんです。

当時は、スマートフォンもインターネットも無い時代だったので、人づてに情報を集めるしかありませんでした。やっとのことで、「ダブルダッチチャレンジin神戸」という大会が兵庫県で開催されていることを知り、遠征に行きました。そこで、American Double Dutch League(以下ADDL)という競技の世界大会、そしてNational Double Dutch League(以下NDDL)というパフォーマンスの世界大会がアメリカで開催されていることを知ったんです。

当時は国内予選のDouble Dutch Delightが無かったので、現地に行きさえすれば誰でも出場が出来ました。私もADDLに2回、NDDLには4回出場しました。1998年に初めてNDDLに出場した時の衝撃は今でも忘れられません。黒人や白人が入り混じった沢山の競技者が集い、あのニューヨークのアポロシアターが物凄い熱気と大歓声に包まれていました。その規模と熱気に、とにかく圧倒されたことを覚えています。

jun_2ダブルダッチ発祥の地で開催されるNDDLには地元メディアの注目度も高い。

国際大会での優勝と決意

翌年の1999年には、大学の同期とNDDLに出場し、優勝することが出来ました。「とうとう世界一にまでなったんだ!」と思ったのも束の間、その時に人生を大きく変える出来事がありました。出場していたアメリカの選手に、「日本の大会には何チームくらいが出ていたの?」と聞かれたんです。「数チームだよ」と答えた時に、言いようのない悔しさがこみ上げてきたことを覚えています。

アメリカにはこんなに沢山の選手がいて、しっかりした競技環境が整っている。それに比べて日本は、大会も無いどころか、自分たち以外にダブルダッチをしている人もいないような状況でした。日本にはこんなに沢山の凄いチームがいて、その中で勝ち抜いてNDDLに来たんだと胸を張って言えるようにしたい。アメリカと同じくらい日本のダブルダッチシーンを盛り上げたい。

日本にダブルダッチを普及させることを決意した瞬間でした。

jun_10NDDLで優勝した”Absolute Wish”、同期チームの”R&R”と。