Straight Outta Street

#FIND STORY – Natsu

“Peace2(ピースピース)”として、ダブルダッチコンテストに12年連続出場。小学生から始めたダブルダッチを今でも続けている理由とは。ダブルダッチの楽しさに魅せられたNatsuのストーリー。

ダブルダッチとの出会い

小学校4年生の時に、友達に誘われたことがきっかけです。友達が通っていたキッズエアロビクス教室の先生が、たまたまダブルダッチを見て、「ダブルダッチでキッズチームを作ったら新しいんじゃない?」と思い、キッズダブルダッチチームを結成したという経緯がありました。とりあえず練習を見学に行ってみると、元々縄跳びが好きだったこともあって「超楽しそう!」と思いました(笑)。そして気づいたら、毎週練習に行くようになっていました。

それからは、土日に小学校の体育館でダブルダッチの練習を行うようになりました。先生と一緒に手さぐりで進める中で、とにかく自由にダブルダッチを楽しんでいたと思います。そして友達と一緒に”Peace2(ピースピース)”というチームを結成し、Double Dutch Contest vol.2に出場しました、2003年の3月のことです。それから大学2年生の3月まで、コンテストには12年連続で出場しました。ひょっとすると最多連続出場記録なんじゃないかなと思っています(笑)

コーチ”TAKU”の存在

普段は週1回、コンテストの前は週2回のペースで練習を続けていました。ですが、小学校6年生になる頃に、都合もあって先生がなかなか指導に来られなくなっていたんです。これからどうしようと困っていたところ、縄日というイベントでチームメイトが千葉大学ダブルダッチサークル”AX”のTAKUさんという方と知り合い、練習に呼んでくれたんです。すぐに仲良くなり、練習会や合宿などを経て、私たちのコーチについてくれることになりました。

TAKUさんは、一回り以上年齢が離れた私たちに対して壁を作りませんでした。”コーチ”ではなく”TAKU”と呼んで、同じ目線で接する関係を許してくれました、私たちは今でも”TAKU”と呼んでいます。そして、大会で勝つことよりも大切なことを教えてくれました。チームメイトとダブルダッチを楽しむことを教えてくれました。

何よりも、コーチがいなくなっても私たちがダブルダッチを続けられるように、いつか私たちが自立することを伝え、デモの作り方や練習の進め方を教えてくれました。私たちが自分たちで練習を進められるようになったタイミングで、TAKUさんもコーチから離れていったように思います。

中学2年性の時に出場した”Double Dutch Contest vol.5″での演技(2006年)。

小学校からずっとダブルダッチを続けていて、やめようと思ったことは1回もありませんでした。学校あり、ダブルダッチありで、すごくバランスが取れていたと思います。コンテストには毎年出場していましたが、上位を目指そう、絶対に勝とうと思って臨んだことはありませんでした。

上位を目指すことで得られるものは沢山あるという上で、皆がそうじゃなくてもいいんだと、私は思います。上位を目指さなくても、勝てなくても、ただダブルダッチが好きで続けるのだって、全然いいと思うんです。12年間一度も嫌になることなく続けられたのは、その向き合い方でいられたから、そしてその向き合い方を許してくれる環境をTAKUさんが作ってくれたおかげです。

Peace2の解散

natsumi_2“Peace2(ピースピース)”としての最後の大会、Double Dutch Contest2013にて。(2014年)

大学2年生の終わりにDouble Dutch Contest 2013に出場した後、それぞれの進路のために”Peace2″は解散しました。12年間、常に自分の日常にあった”Peace2″とダブルダッチが無くなってしまい、どうしようと悩みましたね。ダブルダッチって、チームがないと続けることがすごく難しいんです。私は”Peace2″でずっと活動していたので、大学のサークルにも入っておらず、知り合いもいませんでした。

結果、1年間くらいダブルダッチから離れていたのですが、大学3年生の終わりにコンテストを見に行って、「やっぱりやりたい」と強く思う自分がいることに気が付きました。小学生からずっと続けていたダブルダッチは、私の人間形成に大きく影響していたと思います。ダブルダッチを通して、まだまだ沢山の人に出会いたい、もっともっと色々な経験をしたい、そして成長したいと感じたんです。

大学4年生では絶対にダブルダッチを再開しよう、そのために行動しようと決めました。