Straight Outta Street

#FIND STORY – MEGURI

学生日本選手権・ダブルダッチディライトジャパンへの3年連続進出を始め、出場した全ての大会で上位を勝ち取った。数々の名ショーケースを作り出したショーメーカー・MEGURIのストーリー。

ダブルダッチを始めるまで

振り返ってみると、ダブルダッチを始めるまで、熱中できるものも見つけられていなかったように思います。高校の時は陸上部だったんですが、強豪地区にいたので練習しても勝てねぇなぁと思っていました。バンドも組んでいたのですが、プロになったやつらもいるスターバンドの陰で細々とやっていましたね。僕はすごく負けず嫌いだったので、中途半端な評価をされるのが嫌だったんです。それなのに上手くいかないことが多くて、新しいことを始めて、辞めて、また新しいことを始めて、その繰り返しでした。

転機は高校2年生の時に訪れました、丁度進路について考え始める時期です。もともとファッションに興味があったので、美容師になりたいと本気で思っており、専門学校の資料も取り寄せていました。しかし親に相談したら、最初から選択肢を絞るのはよくない、広い世界を見てみろと言われたんです。

それなら、どうせなら自分の視点が広がるような進路を選ぼうと思いました。そこで、単純で負けず嫌いな僕は東大に行ってやろうと思ったんです。それから毎日14時間くらい勉強して、東大に合格しました。周りには、奇跡だと言われましたけどね(笑)。

ダブルダッチとの出会い

東大に入学し、新歓でたまたま東京大学ダブルダッチサークル・D-actに出会ったことから、僕のダブルダッチ人生が始まりました。最初はやっぱり全然上手くいかなくて、「またかよ」と思ったことの方が多かったかもしれません。その頃は、頑張りたい気持ちばかりが先走って、空回りしていたと思います。トラブルも沢山ありました。

大学1年生の終わりに、”SCOTCH”というチームを組みました。ヒロシというチームメイトが美容師の専門学校に通っていたので、一緒にダブルダッチをできる時間が1年しかなかったんです。僕たちの目標は学生の全国大会決勝であるダブルダッチ・ディライト・ジャパン、ヒロシと一緒に2年生で絶対に出場するという目標を決めました。

“SCOTCH”は、目標に向かって無我夢中になることを教えてくれました、その場所をくれました、ダブルダッチの頑張り方を教えてくれました。僕のダブルダッチプレイヤーとしての原点です。結果、”SCOTCH”は2年生チームながら関東予選を勝ち抜き、ダブルダッチ・ディライト・ジャパンに進出することができました。そして同時に解散を迎えました。

yamato_62年生ながら関東予選を突破した”SCOTCH”(2012年)

“SCOTCH”での学生ダブルダッチの第1章が終わり、僕には新たな目標ができました。ダブルダッチ・ディライト・ジャパンを勝ち抜いて、ニューヨークで開催される学生の世界大会・National Double Dutch League(以下NDDL)に出場すること。ヒロシの、”SCOTCH”の想いをニューヨークまで持っていく。そんな新たな目標を掲げ、別のチームを組んでいたユウキ・シュート・キクの3人と、”TREASURE”というチームを結成しました。

新たなチームで、まず考えたこと

“TREASURE”を結成して、2つのことを考えました。チームのこと、そして自分のことです。

まずチームのことで言うと、まとまっていなかった。僕以外の3人はもともと同じチームで、僕だけが新入りの状態。僕もすごく尖っていた時期でしたし、他の3人も深いレベルで通じ合えているかは分からなかったです。こいつらと上手くやれるのかなという気持ちがありました。また、「勝ちたい、NDDLを目指したい」という意思は全員の中にあったんですが、それが誰の言葉なのか分かりませんでした。本当に自分の目標なのか、ダブルダッチをしている学生として建前の目標なのか、勝ちたいと言ってもどのようにして実現するのか、ライバルたちと比べて自分たちはどんな位置にいるのか、目標に対する具体的な手段がぼやけていたと思います。

次に自分のことで言うと、自分ができることに限界を感じていました。”SCOTCH”の時、本当にがむしゃらに練習したこともあって、プレイヤーとしての天井が見えてしまっていたんです。もちろん、自分の強みであるダンスは一生懸命練習しました。個人としても名前を売るために、ソロの大会・Double Dutch One’sにも出場しました。けれど、トップレベルの人たちとの差は明確に感じていましたし、1年間で埋められるものではないと冷静に分析しました。

自分は3年生ではスーパープレイヤーにはなれない、チームには別の役割で貢献しようと考えました。

プレイヤーとして評価されることは、本当に少なかったんです。1年生の頃は、テンツクとかのアクロバットの練習もしていたのですが、「お前はもっと向いてることあると思うよ」と言われることが多くて、諦めがつきました(笑)。もちろんめちゃくちゃ悔しい気持ちはありましたが、僕にとってはようやく高校の頃からの固執を吹っ切れた時でした。「自分ばかり上手くいかなくて悔しい」から卒業して、「自分の役割と出来ることを考えよう」、そんな謙虚さをようやく覚えたんだと思います。